瞑想 について
- 2015年12月1日
- 読了時間: 6分
瞑想は 生きる力 を高める
その答えがこちらでよく理解できます。
私たちは信じられないほど忙しい世界に生きています
そのペースはしばしば狂乱的で心は常に忙しいです そして常に何かしています
このことを頭において少しの間考えてみてください
皆さんが何もしなかったのはいつが最後ですか?
10分間 平静だったのはいつでしょう?
ここで言う何もしないとは メール メッセージ インターネットはせず テレビ おしゃべり 食事 読書もせず 過去を振り返ったり将来も見据えず 本当に何もしないことを意味します
ただ何もしないんです
皆さん 呆れた顔をしていますね(笑)
ずいぶん昔ではないですか
こんなのおかしいですよね?
こんな心持ちでいいんでしょうか
心というものは 最も価値のあるかけがえの無い財産であり 人生の一瞬一瞬は心を通じて経験するんです
個人としての幸せ 満足感 感情状態も心によって決まります
それと同時に心は 人間関係における親切心や思いやりにも影響を与えます
また 私たちが集中したり 創造的になったり 自発的になるとき そしてベストを尽くそうとするときこの心というものを頼りにします
しかし 私たちは自分の心を気遣う時間を設けていません
その代わり 車やファッションには たくさんの時間を使うんです だいたいの人がこんな感じでしょう
その結果として当然ストレスが溜まります
心は洗濯機のように勢いよく回っており 難しくてややこしい感情の渦に飲まれ どうやって抜け出すかも分からないんです
悲しいことに私たちの心は阻害され もはや現実世界には存在しないんです
自分にとって最も重要なことを見失っています
おかしなことに誰もが憶測で動いており 人生という名のもとただ順応せざるを得ません
これはあるべき姿ではありません
11歳くらいのとき 瞑想のクラスにはじめて参加しました
信じ難いですがまさに想像通りの環境でした
脚を組んで床に座る人 お香やハーブティーなんかもあり菜食主義も徹底していました
母も参加していましたし私も興味を持ったので一緒に続けました
同じ時期にカンフー映画も見ていて 密かに 空の飛び方を学ぼうとしていました とても幼かったのですね 今の私がそこにいればきっと皆さんのように 瞑想を単なる心の鎮痛剤だと思うでしょう
ストレスを感じると瞑想を行います
瞑想が何かしらの予防になるとは 20歳になるまで思いもしませんでした その頃 私の人生の中でたくさんの出来事が度々起こり 人生を当にひっくり返すほど深刻だったのです
私の頭の中は思考と難しい感情であふれ 対処する術も分かりませんでした 1つを対処しても 別の問題が浮上するんです とてもストレスを感じた時期でした
私たちは皆 それぞれの方法でストレスに対処すると思います
仕事に没頭する人もいるでしょう すばらしい気の紛らわし方です 友達や家族と話し支えを求める人もいます 薬の処方を求める人もいます
私の場合は 僧侶になりました 大学を辞めてヒマラヤへ向かいました 僧侶となって瞑想の勉強を始めたんです
何を学んだのかとよく聞かれます
言うまでもなく物事を見る目が変わりました 禁欲主義の僧侶になることで たくさんの事が変わったんです それだけではありません
今この瞬間を尊ぶことそして理解することを 学ぶことができました
思考に明け暮れず 気を紛らわさず 困難な感情に圧倒されず 今ここにどんな状態でいるかどのように意識するか どのように存在するかを学んでいました
今この瞬間 というのは過小評価され過ぎています
言葉は平凡ですが今という 普通とは程遠い瞬間を ほとんど意識していないんです
ハーバード大学の発表によると 私たちの心は 平均して 47%の時間も途方に暮れています
47%ですよ このように心が彷徨い続けていると 不幸の直接的な原因ともなります
私たちの寿命はそんなに長くないのに 人生の半分を途方に暮れて過ごし その結果 不幸な人生を終えます
悲劇と呼ぶべきかは疑問です
特に今回の場合対処方法があり 思慮深く 気紛れもしない健康的な心をもてるからです
この方法は明確かつ実用性もあり 実現可能であると科学的に証明されたテクニックなんです
このテクニックの素晴らしいところは 1日あたり10分程の時間で 人生を変えられることです
ただ コツを覚える必要があります
練習が必要で意識する方法を学ぶための フレームワークも必要です
これが瞑想というもので 今この瞬間を理解するのに役立ちます
また 今という瞬間から最良を得るための アプローチ方法も学ぶ必要があります
瞑想はこのためにあるんです 何故なら多くの人々が瞑想は思考を止めることだとか 感情を捨てたり心を抑制することだと 思っているようですが 実際には全然違います
瞑想とは一歩下がって 思考をはっきり理解することであり 揺らめく思考や感情を分別することなく リラックスしたまま集中した心で観察することなんです
例えばもし私が今 ボールだけに集中し過ぎると こうやって話すこともできません
同様に 話すことだけに気を緩めすぎれば ボールは落っこちてしまいます
人生においても瞑想においても 過度に集中することがあり 人生は窮屈になっていきます ストレスがここまでくると 人生はとても苦しものになります
一方 息抜きをし過ぎた場合でも こんな感じになっていきます
もちろん 瞑想中に・・(いびき) 眠りに落ちることもあります 必要なのはバランスの取れた集中的なくつろぎであり これを実現出来れば日々のいざこざから 思考を開放できるんです
私たちは普通意識の仕方を学び始めると 思考によって気が散ってしまいます
例えば 不安があるとします 全てが順調な中で不安なことを思い浮かべます
「そういえばあれを心配していたっけ」 するとその考えに執着し 「本当に心配でたまらない不安だらけだ」 となります
それに気づくまでは 私たちは 不安を感じることに不安なんです
おかしな話ですが 毎日のようによくあります
自分の歯がグラグラしたときを考えてみてください
グラグラした歯に気づいてから その痛みに気づきませんでしたか? では30秒毎に何をしますか? (アウアウ・・・) 痛みますねそして痛い痛いと自信に語りかけるんです これを毎回やるんです
心の観察方法を学ぶだけで このような心の負のサイクルを 取り除くことができます
落ち着いて心を観察すると、 色んな心の状態が分かります
常にゆとりのない心に 気づくかもしれません
何もせず じっとしているのに興奮を感じたとしても 驚かないでください 鈍くて 退屈な心に気づくかもしれません 起きて 仕事に行き 食べて寝て また起きて・・と まるで機械のようだと感じるかもしれません もしくは 1つの小さなことを考えすぎた結果 心の周りをぐるぐると巡り回っているのかもしれません
何にしても 瞑想によって 一歩後ろに下がって新たな視点で物事を見ることができ 外見とは必ずしも一致しない面を見る機会を得られます
私たちには 物事1つ1つを変えることはできません
しかし 得られる経験は変えられます
これが思慮に富んだ瞑想の可能性なんです
別にお香をたく必要はありませんし 床の上に座る必要もないです
必要なことは1日10分間一歩身を引いて 今この瞬間を理解するだけです
そうすれば 人生において すばらしい集中力 平静さそして 明晰さを感じ取ることができます
ありがとうございました (拍手)
























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